文学青年の夢、父が受け継ぐ 遺作の小説出版へ

岐阜県羽市正木町須賀赤松の不動産会社経営松山勝さん(55)が、初めての小説の自費出版を間近に控えながら6月に事故で他界した長男凛さん=当時(24)=の遺志を継いで作品集の出版準備を進めている。椋さんが小説を投稿していたコンテストサイトは異例の追悼企画を展開、周囲は文学青年の早すぎる死を悼んでいる。
 椋さんは立命館大在学中から日本文学に傾倒し、吉行淳や石原太郎、開高健らの作品を愛読。小説家を志し、卒業後は勝敏さんが立ち上げた不動産会社で営業に携わり、仕事の合間を縫って小説を書きためていた。
 2千字小説のコンテストサイト「時モノガタリ」で入賞を重ねるなど頭角を現し、周囲には「7月の給料が出たら自費出版したい」と話していたが、6月21日、不慮の事故で帰らぬ人になった。
 「悲しみや辛さは言葉では表現できない」。勝さんは心の痛みに押しつぶされそうになりながら、凛さんの名をインターネットで検索したところ同サイトに行き着き、初めて作品に目を通した。
 最後の投稿「散文の山と瞳」は、「東京に出ないと満たされない」と思っていた小説家志望の「僕」が、岐阜の古本屋で入手困難な本を見つけたのを機に「ここで一生を過ごしてもいいかも知れない」「この会社に残る」と心境を変化させる自伝的な内容。勝敏さんは「メッセージ性がある」と驚いた。未発表の作品が封筒やパソコンに残っているのも見つけ、遺作として同サイトに寄せた。
 同サイトの運営者は最後の投稿に出てきた「きっかけ」という言葉をキーワードに凛さんをしのぶ作品を募集、1カ月足らずで51編が集まった。
 「例えるなら、暗闇の中でギラリと発光する日本刀のような、渋いきらめき。こんなふうに書いてのける彼が、とても羨ましかった」。そこには、椋さんの作品で感銘を受けたことや椋さんとの出会いのエピソードなどが記されていた。
 凛さんが「死後に価値が認められる作家は皆しっかりと生きた人だ」と話していたのを思い出し、勝敏さんは「全力で実践していたんだ」と気付かされたという。
 作品集は自費で9月末の出版を目指しており、追悼企画の数編も収める。勝敏さんは「命の重みや人と人のつながりの大切さを伝えたい。一つでも二つでも糧となるメッセージを感じてもらえたら」と話す。作品集の問い合わせは勝さん