鶴見さん長男「長寿全うできた」 京都で会見、死因は肺炎

 哲学者・鶴見俊輔さんの死去を受け、鶴見さんの家族や知人が24日、京都市下京区の徳正寺で記者会見し、鶴見さんは肺炎のため20日に亡くなったことを明らかにした。
 同寺は、かつて鶴見さんが研究者や一般市民とともに活動した「現代風俗研究会」の拠点だった。
 会見した長男で早稲田大教授の太郎さん(50)によると、鶴見さんは5月15日に自宅で転倒して右大腿(たい)部を骨折した。下京区の病院で手術し、その後、リハビリのため左京区の病院に再入院したが、7月18日に肺炎を発症。20日午後10時56分、妻の貞子さんと太郎さんに見守られて静かに息を引き取ったという。22日に火葬された。
 太郎さんは「入院後、徐々に体力が落ちていると感じていたが、読書欲は旺盛で、師である故桑原武夫さんの愛読書を熱心に読んでいた。最後の2日間は肩で息をするような状態だった」と説明し、「なにぶん高齢で、これまで無理をしながら生きてきたので、ここまで長寿を全うできたのは、本人自身も思いがけないことだったと思う」と悼んだ。
 鶴見さんは生前、「信頼によってつながれた近しい人たちで簡単に送ってほしい」とメモを残していたといい、遺志を尊重して葬儀は行わないという。
 鶴見さんらが戦後すぐに創刊した雑誌「思想の科学」(1946~96年)の最後の編集委員だった作家の水野靖弘さん(54)は「鶴見さんの努力の積み重ねなしには発刊しえなかったし、鶴見さん自身にも、みんなで雑誌を作るという、なみなみならぬ自負があった」と話した。
2015年07月24日 17時00分配信